1Q84ニュース

拳銃談義・その1

出版部Sです。新潮社にはさまざまな趣味を持ったスタッフがいます。中でも文庫編集部のEは、自他共に認める拳銃マニア。今回はそのEからのメッセージをお届けします。

文庫編集部Eです。『1Q84』には、重要な役割を担うさまざまなツールが登場します。なかでも印象的なのが、青豆がタマルに依頼して入手したHeckler & Koch HK4。そう、Book 2の23章のラスト、渋滞中の首都高の上で、青豆がある行動に出た際に手にしていた、あの拳銃です。

 拳銃といえば、過去の村上作品でも、やはり極めて重要な場面に登場していたことを思い出します。たとえば『ねじまき鳥クロニクル―第3部 鳥刺し男編―』の終章近く、シベリアの収容所の支配者である「皮剥ぎボリス」を間宮中尉が射殺しようと試みた際、ボリスから奪って引き金を引いたのが、ドイツ製のワルサーPPKでした。与えられた2発の実弾を片手で装填し、ボリスに向けて発射する場面の緊迫感は、多くの読者の記憶に残っていることでしょう。ボリスがナチ親衛隊の将校から奪ったというPPKは、いわゆる大型のゴツい軍用拳銃ではなく、洗練された外観を持つ小型の自動拳銃です。その名のPPK(Polizei/Pistole/Kurz=Police/Pistol/Short)が表すように、元々は私服警察官による使用を想定して開発されたもので、「007」シリーズのジェイムズ・ボンドの愛用銃としても有名です。

 さて、それでは今回のHeckler & Koch HK4とはどんな拳銃なのか。まずその製造元からたどってみましょう。先のワルサーは一般にもよく知られたメーカーですが、Heckler & Kochとなるとそうはいかない。だいたい何と発音するのか分からない。『1Q84』には、当然ながらちゃんと書いてあります。「ヘックラー・ウント・コッホ」。一般の方は「聞いたこともない」とおっしゃるかもしれませんが、第二次大戦以降の銃器に関心を持つマニアはおそらく100パーセント知っている、ドイツの有力メーカーです。拳銃だけでなく、世界各国の軍に広く採用されたアサルトライフルG3の開発でも知られており、最近の例でいえば2007年、ミャンマーで日本人ジャーナリスト長井健司さんが射殺された際に、治安部隊が使用していたのもこのG3(のライセンス生産品)でした。

 ワルサーと同じく第二次大戦以前から知られたドイツの銃器メーカーに、モーゼルという会社がありました。本来は「マウザー」と発音するらしいのですが、子供のころにおもちゃのピストルで遊んだ世代には、なじみ深い存在でしょう。そのモーゼルが戦後解体された際に、独立した技術者が設立したのがヘックラー・ウント・コッホでした。エトムント・ヘックラー氏とテオドール・コッホ氏、そしてもう1人、アレックス・ザイデル氏の3人で作ったから、ヘックラー・ウント・コッホ。

「あれ? ヘックラーさんとコッホさんは拳銃会社の名前になってるのに、ザイデルさんの名前がついてないみたいだけど……。」
「い、いい質問ですね(汗)。ザイデルさんは謙虚な人だったので、おれはいいよと遠慮したんじゃないかろうかと」
「……。この項、次回に続きます。」

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